HHeLiBeXの日記 正道編

日々の記憶の記録とメモ‥

自分はここまで強くいられないと思う

時事ドットコム
この記事を読んでいて思わず涙が出そうになりました。自分が同じ立場だったらずっと塞ぎこんでいると思います。でも子供だけでも無事でいてくれたから、がんばろうって思うかな‥


以前、どこかのテレビ番組で、日本での出産は他の国に比べて格段に安全だという話をしていました。安全であるがゆえに、万が一があったときにすぐに訴えられてしまう、とも。そしてそんな状況に耐え切れずに辞めてしまう産科医‥
もちろん、安全に安心して子供が産めるに越したことはありません。それには異論はないです。でも、出産って、本来は命懸けの営みであるはず。野生動物について言えば、外敵が襲ってくるという危険ももちろんあるが、そもそも出産すること自体が母体にものすごい負担になるわけです。それでもそうしないと種を維持できないから出産するわけです。
人類は、医療の発達によってその危険度を下げる努力を今も続けているわけです。でも危険はゼロにはなりません(もちろん、そうなれば万々歳ですけど)。
もちろん故意の怠慢による医療事故を擁護しているわけではありません。でもそれを抜きにしても事故は起こってしまう。医師不足⇒超長時間労働⇒疲労によるミス⇒訴えられる⇒辞めてしまう⇒医師不足‥そんなスパイラルもあるのかもしれません。


自分の子供が生まれたときのことを思い出してみました。
帝王切開のため立ち会えなかったので、待合室で不安な気持ちに包まれながら祈っていました。もちろん期待もあったけど、そんなことを感じている余裕はなかったように記憶しています。産声が聞こえ、看護師さんが性別と身長、体重を伝えにきてくれたときには安堵で脱力していました。

自分の不安が大きかったのは帝王切開だったからというのもあるかも知れませんが、それでも、仮に「不安はぜんぜんありません。」という人がいたとしたら、私は「信じられない」と感じると思います。
たぶん、それで何かが起こってしまったとして、医師を訴えるような人っていうのは、子供を保育園に預けたらちょっとした怪我をして帰ってきたので文句を言う、っていう人たちなんだろうなと思ったりします。(文句を言うくらいなら預けなければいいじゃない、と言いたい。自分で面倒を見ていたら怪我をさせないって自信を持って言えますか?そりゃあまぁ、箱に入れて育ててりゃあ怪我はしないだろうけど、どんな大人になるかは‥)

リスクがあることを理解して、それでもなおそれを選択する。選択したからには責任は自分にもある。その責任を負いたくないっていうならそれを選択してはいけない。"No Risk, High Return"はありえない、なんでも「あたりまえ」と思ってはいけない。そう私は思います。


‥なんだかまとまりがないな /_;)/